試乗記

ポルシェ928S4試乗記|時代の先を行き過ぎた未来のクルマ

唯一911の上位モデルとして君臨したモデル

ポルシェというと911のイメージが非常に強いですが、今や売れているのはカイエンやパナメーラ。

歴史の長い911シリーズも一時期はその古すぎるレイアウト故に化けきれないことがあったのだと思います。そんな1970年代終わりに登場したのが928です。当初様々なエンジンやレイアウトが考えられましたが最終的にはフロントにV8を搭載し、リアにトランスミッションを配置したトランスアクスルを採用。

911がまだ空冷だった時代に水冷エンジンを採用しています。元々フロントエンジンの車種は924が出ていたので初のFRでもないのですが、エンジンからマニュアルトランスミッションまで自社で開発した初のお手製FRポルシェなわけです。しかもその立ち位置は911の上位モデルであり、ライバルはアストンマーティンV8やBMW6シリーズ、メルセデスベンツSLクラスなどのグランドツアラー。

その生い立ちからして911とはまるで別物です。その後に944やボクスターなどのポルシェオリジナル車種が発売されますが、911と別のラインとして誕生した内製モデルとしてはほとんど初めてに近いものでした。

ポルシェ928が採用した先駆的技術

  1. トランスアクスル(21世紀のFRスーパーカーでは当たり前のレイアウト)
  2. ヴァイザッハアクスル(その後のマルチリンクサスペンションに影響)
  3. ボディ一体型の衝突安全ウレタンバンパー
  4. ハンドルとメーター一体のチルト機構(Z32やNSXが採用)

ポルシェ928S4のデザイン

やはりポルシェ928S4の魅力はデザインだと思います。このなんとも言えない”未来感”が今でも新しいです。

ホイールは初期のモデルからこのディッシュタイプ。サイズは前7J、後8Jの16インチです。タイヤサイズは前225/50/R16,後245/45/R16が指定されています。現在入手できるのはポルシェ認証のヨコハマタイヤA008PとピレリP ZERO ROSSOです。私はヨコハマA008Pを選択しました。

S4は黒い樹脂製のリアウィングと四角くて平たいミラーが後発の928GTSとの違いになります。

サイドビューは着座位置がかなり後ろになっていることや特徴的なタイヤハウス形状を強調します。リアクオーターガラスは嵌め殺しなので稼働しませんし、ものが置けるほどのスペースもありませんが、後方視界に貢献しており合理的です。2000年くらいの年式だと剛性のためかここまでガラスだらけの車種は少なくなっていきます。

リアバンパー中央に書かれているPORSCHEのロゴは逆エンボスのようになっていますが、車種名である「928S4」はバッジ。このバッジをつけていない個体も少なくないので「一目でポルシェだと分かるだろ」と言わんばかりのデザインです。911も大概911ロゴは貼っていないので928が特別というわけではありません。

ちなみにとても細かいですが、88年式や89年式の928S4はアンテナがルーフ上ではなくリアガラスの縁にあります。そちらの方がデザイン的には美しいです。

試乗インプレッション

一般道

まず最初に感じるのはクラシックな雰囲気です。見た目は未来っぽいですが触るとクラシック全開。

そこまで重くないドアはカシャっと閉まり、鼓膜を圧迫します。911とは違って右側にある鍵穴にキーを差し込むと、エンジンはやや長めのクランクの後にけたたましく重低音を響かせます。本来振動の多いV8エンジンですが928のそれは比較的スムーズ。

左手にあるハンドブレーキを解除し、ギアをDに入れると後席あたりでギュギュッと機械音がして動力を伝え始めます。ブレーキをしっかりと踏み込んでいないと今にも進みそうなパワーを感じます。少し遊びのある吊り下げ式ブレーキを離すと2速でじわりと走り出します。

オルガン式のアクセルペダルは現代のクルマと比べると剛性感がありやや強めの踏力を求めてきますが、その分調整が容易で特に高速域での扱いやすさは928S4がグランドツアラーであることを主張しています。一般道の50km/h程度の速度域は928にとって散歩のようなもので数mmしか踏んでいない感覚を覚えます。

下道では2000rpmを超えることはほとんどなくエンジン音は静かです。信号で停止すると、さっきまで静かだと思っていたエンジンが”早く走らせろ”とばかりに熱と振動を発します。しかし、窓を開けていても閉めていても同乗者とは普通に会話ができるレベル。当時のクルマとしては快適性はあるのでしょう。

ブレーキングの感触は絶妙で、928を運転していて最もポルシェらしさを感じるところだと私は思います。また、928の最大の特徴である優れた前後重量バランスを感じるのもブレーキングです。フロントエンジンの車の中でもフロントヘビーなクルマはブレーキング時に前にツンのめる感覚がありますが928ではボディが前後水平な状態を保ったまま停止します。完全停止の寸前でもガックンとはならず綺麗に停止出来ます。ブレーキ自体のキャパと前後重量バランスの功績と言えます。

高速道路

高速道路に出てみると、ようやく巨大なV8エンジンの声を聞くことができます。年10万円の税金を払っていることやガソリンが大量に燃えていることも忘れるほどに気持ち良い踏み心地です。高速での合流でアクセル開度40%くらい、これでも回転数が一気に跳ね上がることはなくじわじわと回転数が上がっていきます。

回転数の上がり方と速度の上がり方は、後者の方が急激で違和感を覚えます。メルセデスベンツ製4速ATが、このV8のトルクが出る美味しいところを使い続けるように加速しているのでしょう。下道では気にならなかったロードノイズは80km/hほどで最大レベルに達してきますがそこからはエンジン音が勝つので心地良いです。120km/hを超えるとロードノイズも少なく感じてきます。

高速道路でのポルシェ928S4はキックバックをほとんど使わずに極めて快適に追い越しや速度調整を行うことが出来ます。やはりこのクルマのメインステージは高速道路。故郷のアウトバーンで270km/h巡航するのも想像に難くないです。縦に並んだシフトゲージは手前に引くと3速、シフトノブのボタンを押すと2速に下げることが可能。高速域でないとエンジンブレーキは感じにくいので高速向けのセッティングなんでしょう。

ハンドリング

ハンドリングは油圧パワステによるサポートはあるものの、かなり重いです。フロントエンジンということもありますが下道や駐車時には「よっこいしょ」と言ってしまいそうです。ブレーキやアクセルと違い遊びは最小限で、高速走行時はこの重めのハンドリングがちょうど良くなり、道路の荒れた箇所をキビキビと避けるのに一役買ってくれます。

下道でも十分コーナリングを楽しめますが、首都高などの細かいカーブが続く道や中央道のようにアップダウンとコーナーが組み合わされた道路ではバイザッハアクスルが本領発揮。最近のアクティブ4WSとは違い、力がかかった時に稼働するパッシブ4WSが1.5tの車体を軽やかに曲げてくれます。コーナリング中でも踏めば踏むほど、同じラインに居るにも関わらず速度が上がっていく独特な乗り味です。アクセルとハンドル操作が単純な足し算で実際の挙動に現れるのではなく、何か係数がかかったように挙動に反映されていきます。

エンジン

基本構造は発売当初から大きく変わりませんが、新しくなるごとに排気量をあげてパワーアップしています。

今回特集した1991年式は1988年に登場した後期モデルのS4で、排気量は約5000ccのSOHCエンジンです。実はこのエンジンの片バンクを使っている944は1987年にDOHCになっていて、928はSOHCを維持しています。SOHCは重心が低くできるなどのメリットもあるので”あえて”SOHCなのでしょう。

320PS/6000rpm、43.9kgm/3000rpmのスペックは現代の大排気量V8と比べると控えめに感じるかもしれませんが、928S4と同時期のフェラーリ348も320馬力ですし、数年後に発売される500SLも320馬力ということを考えるとやはりスーパーカーの域に達していると言っても過言ではありません。

快適装備と居住性

ポルシェ928S4はエアコン、オーディオ、パワーシートが装備されています。シートは数種類から選べるようなので個体によって使っているレザーや形状が少しずつ違うことがあります。オプションでシートヒーターが装備。

当時として珍しかったのかは不明ですが、ミラーの角度調整は電動、センターコンソールにウィンドウとリアワイパーのスイッチがあります。センターコンソールはカセットテープ用の収納スペースですが私はBluetoothオーディオを入れているのでスマートフォンを入れるのに使用しています。スピーカーがたくさんあるだけあって、オーディオの音質はそこそこ良いです。

ハンドル周りのスイッチはR32スカイラインにも似ています。

時計はアナログなものが付いていて、停車時であれば辛うじて針の音が聞こえます。針の音しか聞こえない英国のリムジンとは違い、やはりドイツのスポーツカーです。私の928S4はキルスイッチが付いていて、たまに使うので時間は合っていません。

フロントシートはヘッドレストが一体化したポルシェ特有の形状。割と幅が狭くホールド感があります。座面両端も少し盛ってあるのでしっかりと足を閉じないと収まりません。

リアシートはトランスミッションが中央に入っていることもあって広くはありません。ただ、160cm以下であれば座れるくらいの広さがあるので空冷の911よりも居住性は高いです。

積載能力

ポルシェ928はリアハッチが開口するハッチバックスタイルのため積載能力は高い部類に入ると思います。実際、リアシートを倒せばゴルフバッグが縦に積めますし、キャリーケースなども余裕で積載可能。ちなみにバッテリーはトランクのマットの下にあります。これも重量配分最適化のためですね。ちなみにスノーボードも縦に積むことが可能です。

フロアが若干高いこともあって厚さとしてはゴルフバッグがギリギリ。トランクを閉めるとリアガラスから積載物が丸見えなのでセキュリティは0です。

総評

ポルシェ928はポルシェが考えるグランドツアラーの原型だと私は思います。

今となっては911がグランドツアラー色を強めたクルマになっていますが、そこに928の影響がないはずがありません。928で試した様々な技術や工夫をその後のモデルに活かしているのでしょう。

ブレーキングやコーナリングで垣間見えるポルシェらしさが他のGTカーよりも若干スポーティにしており、唯一無二のクルマであることは間違いありません。ポルシェ928はFRのお手本であり、その後のFR車の設計に革命を起こしたゲームチェンジャーなのだと私は確信しています。

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